トピックアウトライン

  • 一般

    • 喜多 敏博 (熊本大学 教授システム学研究センター)
      長岡 千香子 (熊本大学 教授システム学研究センター)
      平岡 斉士 (熊本大学 教授システム学研究センター)
      松居 辰則 (早稲田大学人間科学学術院)

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  • はじめに

      • 悲惨な結果をもたらす多様な事故が世界中で起きている。事故が起こらないように物理的に防止策を講じることはもちろん重要だが、一般人や職業人を教育することで防ぎ得た事故については、安全教育を行うことも事故防止の非常に有効な手段となる。

      • 本研究では、効果的な事故防止教育を行うためのプラットフォームとして、高度化された UI や機能により学習者に効果的・能動的に作用することができる「能動的 LMS」をMoodleをベースとして開発した。

  • 能動的機能を構成する 3 要素

      本研究で開発した能動的 LMS が持つ「能動的機能」は、LMS 側から学習者へ積極的に働きかける機能であり、次の3つの要素からなる。

        • （１）音声ユーザインタフェースでの働きかけ
        • （２）LINE チャットボットでの働きかけ
        • （３）ユーザの心的状態も考慮したアナリティクス

  • （１）音声 UI での働きかけ

    • 特徴

      • 身近で直感的な UIである音声 UI（スマートスピーカー等）を介して LMS 上の学習活動ができる
        ⇒ GUI の操作で LMS を利用するよりも、手軽に学習に取り掛かることができる

      • 手がふさがっている時（手を使う実験や実習など）であっても LMS 上の情報を得ることができる

      • 音声や音響を伴うやり取りを LMS と交わすことで、学習者の注意を引き学習効果向上も。

      • 実装例：Moodle 上の小テスト受験ができるデモコマンド（一般に公開）
    • 音声 UI による Moodle 上の小テスト受験の例 (Alexa スキル)

    • 実装

      • 音声アプリと Moodle 間の接続は、Moodle Web service API を利用（REST）。
        ⇒ Moodleの標準機能であり、音声UI用のプラグインをインストールする等は不要。
    • 小テスト受験に利用する Moodle Web service の機能の名前
      • Web service API を利用して行ったユーザの学習の履歴は通常どおりMoodleに保存される。

      • 注意すべきこととして、Moodle Web service API によって返されるデータの中心的な部分は、ブラウザでの表示を意図した HTML 形式（のまま）であり、その構造を独自に分析して、小テスト問題の問題文や選択肢などを取り出す必要があった。

  • （２）LINE チャットボットでの働きかけ

    • 特徴

      • LINE Messaging API のアカウントリンク機構により Moodle 上のユーザ固有の情報を扱える LINE チャットボット UI を開発 [5][6]。

      • 日常的ツールである LINE で、手軽に LMS を使用できる。

      • 明示的にログインせずに Moodle を操作でき、プッシュ型での情報配信を受けることも可能。
    • LINE チャットボット UI での学習の例

    • 実装

      • ユーザは、LINE ボットを「友だち」として登録し、LINE トーク画面上でボットとチャットを行う。

      • ユーザが LINE ボットに対して何かメッセージを送信するたびに、LINE Messaging API のチャネルで指定した Webhook URL が呼び出され、ユーザのメッセージを取得し、それに応じてボットの返答内容を決定し、ユーザに返事を送信する。ボットと Moodle との間の通信は、上述の音声UIと同様に、Moodle Web service API を利用。

      • 利用者の LINE アカウントの userId を送信先に指定することで、LINE messaging API のメッセージ送信機能を用いて、任意のタイミングでボット側からユーザへメッセージをプッシュ送信することが可能。

  • （３）ユーザの心的状態も考慮したアナリティクス

      • Deep Neural Network により学習者の生体情報（脳波、呼吸など）から心的状態を推定する機構を構築し [7][8]、高い精度での心的状態推定の結果が得られている。
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      心的状態予測の結果をリアルタイムで提示するモックアップ実験

    • 特徴

      • Moodle の標準機能「アナリティクス」用の独自の推定モデルと上述の心的状態の推定機構との連携が可能となるプラグインを開発 [9]し、学習者行動の予測に基づくプロアクティブな（成績評価が確定する前に先回りしての）介入により、効果的な安全教育を可能とする仕組みを構築することができた。

    • 実装

      • Moodle のアナリティクスのモデルには、指標（予測に用いる独立変数）、ターゲット（予測しようとしている結果）、洞察（予測結果そのもの）、通知（洞察の結果として送信されるメッセージ）、アクション（メッセージの受信者に提供される）が含まれる。
    • アナリティクス用の独自のターゲットによる洞察の例

  • 能動的 LMS の利用事例

      「子どもの傷害予防」分野での安全教育

      • LINE トーク上で子どもの安全に関する確かな情報を手軽に得るための LINE ボットを開発した。

      • クイズ形式でユーザがボットとインタラクティブにやり取りすることにより事故防止の的確な知識を得ることができる。

      • 頻発事故などの最新情報をプッシュ形式で受け取ることも可能とした。

      • 開発したプロトタイプを保育士、保健師、看護師、小児科医に試用してもらったことで、システムの提示情報の種類についての改善提案が得られた [5]。

      「環境安全工学」分野での安全教育

      • Moodle の用語集データとして記録されている化学物質の危険有害性を、音声 UI 経由で確認できる手段として、Google のスマートスピーカーやスマートフォン上で利用可能な Google アシスタント用の音声アプリを開発した [11]。

      • ユーザは、手がふさがった状態でも、化学物質の名前を発することで、その人体有害性、物理的危険性、および刺激性の情報（GHS の管理区分のうち関係する情報がピックアップされる）を音声で確認でき、画面付きスマートスピーカーでは視覚的にも確認できる。

  • 汎用化と深化

      • 能動的機能はこれら以外の分野での安全教育にも汎用的に利用可能。
        例：「自然災害の減災教育」... 今後、適用予定。

      • Moodle の追加パッケージ (web service API による連携システムとプラグイン) として、汎用的に利用することができるように実装している。それらの効果的な活用例としては、下の表に示すようなものが想定される。
    • 安全学習の各習得段階での3つの能動機能の活用例

      • 一方で、各分野の事情や特徴にさらに最適化し、機能を深化させる方向も。

      • 例えば、「子どもの傷害予防」の分野については、個人の状況・状態に合わせた最適化、つまり、ユーザの属性（積極性の度合い、子どもの年齢、日々の生活でよく遭遇する場面、など）を、ユーザ発話から推定してそれを踏まえた会話をチャットボットが行えるようにするとともに、頻発事故に関する情報提供等をプッシュ型で、適度な頻度・強さで行えるようにすることが考えられる。

      • また、ユーザが実際に困ったとき（例えば子どもが何かを誤飲した場合など）に、状況をメッセージで伝えれば対処法がボットから回答されるなど、緊急性の高い事象にも対応可能とするのが効果的である。

      • 「環境安全工学」の分野については、 化学物質の危険有害性情報を取得できるシステムを拡充し、データの追加・更新、さらには、提示する内容の精査（危険有害性のみでなく、必要な保護具の情報や事故情報など、実験現場で知ることで効果的な情報が何か）を行うことが考えられる。

  • おわりに

      今後、本研究で開発した能動的 LMS（Moodle + 能動的機能）が、より多分野での利用が容易となるように、汎用性を高めるとともに、特定のいくつかの安全教育の分野に対しては深化させた能動的機能が提供できるように開発を進める予定である。

  • 参考文献

      • [1] 喜多敏博： 教育で防ぎ得た重大事故を防ぐ能動的ＬＭＳを軸とする安全教育システムの実現，（オンライン），入手先 ⟨https://kmkst.cica.jp/⟩（参照 2021）.
      • [2] 喜多敏博： Moodle Quiz / Moodle 小テスト (Actions on Google, Alexa Skill)，（オンライン），入手先 ⟨https://tkita.net/ai/moodlequizvui.html⟩（参照 2018）.
      • [3] Kita, T., Nagaoka, C., Hiraoka, N. and Dougiamas, M.: Implementation of Voice User Interfaces to Enhance Users’ Activities on Moodle，2019 4th International Conference on Information Technology (InCIT), pp. 104–107（オンライン），DOI: 10.1109/INCIT.2019.8912086 (2019).
      • [4] Moodle.org: Web services - MoodleDocs, (online), available from ⟨https://docs.moodle.org/dev/Web services⟩ (accessed 2021).
      • [5] 喜多敏博，北村光司：子ども安全に関する情報の LINE ボットによる提供・収集・分析，日本教育工学会2021年春季全国大会論文誌 (2021).
      • [6] Kita, T., Nagaoka, C., Hiraoka, N. and Moln´ar, T.: Development of a Moodle UI Using LINE Chat for Casual Learning as a Part of a Learner Assistive LMS, 2020 IEEE International Conference on Teaching, Assessment, and Learning for Engineering (TALE), pp. 927–929 (online), DOI: 10.1109/TALE48869.2020.9368321 (2020).
      • [7] Matsui, T., Tawatsuji, Y., Fang, S. and Uno, T.: Conceptualization of IMS that Estimates Learners’ Mental States from Learners’ Physiological Information Using Deep Neural Network Algorithm, Intelligent Tutoring Systems (Coy, A., Hayashi, Y. and Chang, M., eds.), Cham, Springer International Publishing, pp. 63–71 (2019).
      • [8] 松居辰則： 生体情報を用いた学習者の心的状態推定と学習支援の試み，教育システム情報学会誌，Vol. 36, No. 2, pp. 76–83（オンライン），DOI: 10.14926/jsise.36.76 (2019).
      • [9] 喜多敏博，松居辰則： 学習者の心的状態も加味した Moodle アナリティクスを用いたプロアクティブな学習者支援，人工知能学会研究会資料先進的学習科学と工学研究会， Vol. 92 (2021).
      • [10] Moodle.org: MoodleDocs : アナリティクス，（オンライン），入手先 ⟨https://docs.moodle.org/3x/ja/アナリティクス ⟩（参照2021）.
      • [11] 富田賢吾，原田敬章，林瑠美子，山口佳宏，喜多敏博： 化学物質の危険有害性に関するボイスアシスタントシステムの開発，第 39 回大学等環境安全協議会総会・研修発表会 (2021).

  • 謝辞

    • 本研究は JSPS 科研費 19H04229 の助成を受けたものです。